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神戸地方裁判所 平成5年(行ク)2号 決定 1993年5月11日

申立人

島田さつき

右法定代理人親権者父

島田信行

相手方

神戸市立菅の台小学校校長 高原俊吉

右訴訟代理人弁護士

岡野英雄

理由

一  申立ての趣旨及び理由

申立人の本件申立ての趣旨及び理由の要旨は、別紙申立ての趣旨及び申立ての理由記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙意見の趣旨及び理由記載のとおりである。

二  本案訴訟の提起

本件記録によれば、申立人は、平成四年四月から神戸市立菅の台小学校第五学年に在学していた者であり、相手方は、同校校長であること、相手方は、平成五年三月一八日付けをもって、申立人を同校の第六学年に進級させる旨の措置(以下「本件進級認定処分」という。)をしたこと、そこで、申立人が右処分は違法であるとしてその取消を求める本案訴訟(当庁平成五年(行ウ)第九号事件)を提起していることが一応認められる。

三  回復困難な損害を避けるための緊急の必要について

1  申立人は.次のような理由によって、回復困難な損害を避けるため本件進級認定処分の効力を停止する緊急の必要があると主張する。

申立人は、第五学年のカリキュラムを全く受けておらず、第五学年の学力を有していない。

このような申立人を第六学年に進学させると、申立人は、第五学年の授業を受ける機会を失うことになるし、更に、第六学年の授業にはついてゆけず、孤立してしまうことになる。

したがって、本案判決の確定を待っていたのでは、本件進級認定処分により、申立人は、回復困難な損害を受けるので、右処分の効力を停止する緊急の必要がある。

2  小学校教育の目的及び目標について

(一)  申立人は、申立人が第五学年の学力がないことから本件進級認定処分により、回復困難な損害を受けると主張するが、学校教育法(以下「法」という。)は、小学校の教育の目的及び目標について、次のように規定している。

(二)  小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする。(法一七条)

(三)  小学校における教育については、右の目的を実現するために、次に掲げる目標の達成に努めなければならない。(法一八条)

(1) 学校内外の社会生活の経験に基づき、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自立の精神を養うこと。

(2) 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。

(3) 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。

(4) 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。

(5) 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。

(6) 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。

(7) 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること。

(8) 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。

(四)  右にみたように、法は、小学校における教育については、「心身の発達に応じて」教育を施すことを目的としているが、特に、小学校においては、年齢により、精神年齢、運動能力、体格等心身の発達に大きな開きがあり、年齢別の教育が最も適するといえる。

更に、小学校の教育の目標は、社会生活・日常生活において、経験に基づいて必要な能力を養うことに主眼が置かれているが、この目標達成のためには、同じ社会生活・日常生活上の経験を有する同年齢の児童ごとに教育することが必要である。

(五)  したがって、本件において、申立人が、第五学年の授業を受けていないのに、第六学年に進級させられたからといって、回復困難な損害があるとはいえない。

3  申立人の学力について

(一)  申立人は、申立人が第五学年の学力を有していないから第六学年に進級しても授業についてゆけず、孤立してしまうと主張する。

(二)  しかし、本件記録によると、申立人の学力は、他の児童に比して特に劣っていると窺わせるに足りる疎明はなく、申立人は、第五学年の学力を有していることが、一応認められる。

(三)  したがって、申立人が、第六学年に進級することによって、授業についてゆけず、孤立してしまうと窺うことはできず、この点でも回復困難な損害があるとはいえない。

4  以上のとおり、申立人の主張する損害は、執行停止の必要性を根拠づける損害ということはできないから、本件申立ては、行政事件訴訟法二五条二項の「処分……により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件を満たさないものである。

四  よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 小島正夫 伊東浩子)

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